今年のテーマは「遊ぶ」です。

・・・って、もう2月ですが。。。

遊ぶ・・・「遊んでばかり・・・」とか、「なに遊んでんだ」とか言う表現で馴染んでしまった「遊ぶ」。「遊びも大事」なんてことを聞いても、どこかとってつけたような感じで、「ふまじめな」悪いことをしている罪悪感から、本当には解放されていなかった気がします。

でも、「まじめは自分を殺すこと」に納得したことをきっかけに、自分の中で「遊ぶ」ことのワクワク感を思い出し始めた感じがあります。今年はほんとにあらゆることを遊んでみたいです。

去年、コーチング仲間のKくんがブログで紹介してくれていたことがきっかけで知った『ソース』という本も、自分にとってのターニングポイントになりました。

人はワクワクしていたいし、ワクワクすることしていればいいし、自分がワクワクすることはすべてやっていい。

そして、この「ワクワク」ってやつが、実は「遊ぶ」ことなのでしょうね。楽しむとちょっと違って遊ぶなんだなと思い至ったのは、この「遊ぶ」という字が、神とつながる様子を表す字だと、うろ覚えで覚えていたからでした。

白川静さんという漢字研究の大家がいらっしゃいます。膨大な漢字研究の果てに、白川静さんが一番好きな漢字とおっしゃっていたのが「遊」でした。

遊は、人が神とつながって恍惚状態にある様子を表しているのが元の意味だそうです。「神」と言っているのは、宗教的に特定の神というよりは、人より大きな存在というほどの意味かと勝手に思っています。そういうものとつながるときの感覚が「ワクワク」なのかなと。理由はわからないけどなぜかわくわくするもの。本当に好きなもの。そういうものは説明のしようがない。「なぜか」としか言いようがない。そういうワクワク感は、まさに「神とつながっている」ってことなんだろうなと。

こう思うとますますワクワクしてくるので、こりゃいいやと思うことにしています。厳密に言うと白川静さんが遊字論で言っているのは・・・・とか、難しいこと言い出すと「まじめ」の世界に入っていってしまいます、僕の場合は。厳密を心がけてそれでワクワクする人はもちろんそれでいいのです。僕はどうやらそういう厳密な話にはワクワクしないようなので、今年はこのくらいで遊び続けてみます。